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【要約】『啓蒙思想2.0』第2部 ジョセフ・ヒース著

 

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために

 

前回の記事

amidoribath.hatenablog.jp

 

 

前回は序章および第1部を要約しました。今回はその続きの第2部です。

2部の目的は、1部で整理したあらたな合理性の概念を使って

なぜ現在のような非合理性が蔓延した社会が到来したか、

また、その非合理性は政治とどのような関係にあるのかを説明しています。

 

第2部:不合理の時代

第6章:世界は正気をなくしたか?……それとも私だけ?
  • 相手を不合理だと責めるのは難しい。不合理性を立証する確かな証拠は簡単には見つからない。
  • 相手が不合理だと評価するときは、相手が理性的であるという全ての仮定を検討し終えたあとでなければならない。仮に相手が不合理だとすると行動に無限の解釈がなされることになる*1
  • 1部で論じた通り、理性は環境に依っている。環境が理性の働きを阻害するように変化すれば、人間が非理性的になるのも無理からぬことである。そして、環境はわたし達を欺くために変化している。成功した商品は人間のヒューリスティックを混乱させることで成功しているのだ。
  • 環境が人間に反応して進化することを逆適応と呼ぶ。幼児成熟した犬・猫、おいしすぎる果実などがその例だが、自然界よりも人工物の進化が著しい。文化の逆適応は理性にとっておおむね有害である。
  • ディセプター((人間を非理性的にするためにデザインされたもの))は文化の中に蓄積され、自己複製し、お金を搾り取る。もっとも明白な例は依存性物質*2である。カジノ・お菓子・SNSも同様に逆適応したものだ。人類の自己統制の力が増しているとはいえ、環境に追いついているとはいい難い。
第7章:ウイルス社会 心の有害ソフト
  • 人間の文化の中にはバイアスにつけ込んで増殖するものがある。陰謀論、呪術的な迷信などがそれにあたる。たとえ間違った知識だとしても心の脆弱性につけ込んでそれらは広まってしまう。
  • 人間を欺く最も大きな動機は商業的なものだ。合理的な人は非合理的な人を搾取することができる。金融イノベーションの多くは、人間が将来の価値をうまく計測できないという欠点を利用して利益を上げている。
  • 広告も理性を無視するように進化してきている。最初期の広告は消費者を説得しようと商品の利点を論証していたが、生産者はもはや消費者に理由を与えることを放棄している。必要なのは信用であり、信用は直感的なアピールで作られるのだ。
  • 人びとが愚かゆえに商業主義に走るのではない。商業主義が作り出した環境が人間を愚かにする。ロバート・チャルディーニの言うとおり、人間は「私たちは根本的にもっと複雑な世界を築き上げることで、認知能力の不足を自ら招いてしまった」ようだ。より正しくは、世界は理性にとって敵対化した。そして、政治の世界も例外ではない。
第8章:「ワインと血を滴らせて」 現代左派の理屈嫌い
  • アメリカの保守派は理性をスルーさせる広報戦略をすっかりものにしたようだ*3。しかし左派がこれを批判するのはややおかしなことといえる。こういった反合理主義はかつての左派の方法論の焼き直しだからだ。
  • 左派は歴史的にも合理主義だった。マルクスは科学の権威にあずかろうとしたものだ。しかし第2次大戦によって反転が起きた。ナチによる官僚化された殺人、殺傷能力を高めるために利用された科学技術は啓蒙思想を貶めるのに十分だった。理性は人を管理し、抑圧し、モノ化するのだという発想が広く信じられた。理性を放棄し開放と自由をもたらすのが左派の目的となったが、それは単なる反合理主義に堕してしまった。
  • 流行した議論は合理性を2つに分けるものだ。まず商業主義、科学を伴うわるい合理性を「技術的合理性」とする。それに対し、わるい影響から逃れている「ナントカ合理性」が称揚される。フェミニズムはこの発想の影響を強く受け、「男性的」な「技術的合理性」を排し、「女性的*4」な直感を重視する方向に舵を切った*5
  • いまだに左派が非合理主義をもちだす場面もある。反ワクチン運動は泣き叫ぶ子どもや母親の直感を根拠にしていることが多いのだ。
  • 左派のあいだで流行した「進歩的教育*6は、合理的な思考を育むものとはいえなかった。合理的思考によって容易さはむしろ敵なのだ。
  • わたし達の社会から合理性が失われているのは、市場でも政治の世界でも、人びとのバイアスを利用して利益を得る技術がそうでない技術と比べて広まりやすいからである。合理性を維持するにはユートピアに期待するのではなく、意識的な自覚、介入が必要だが、左派はそういったものを抑圧として排除しようとしてしまった。しかし、左派は元来進歩を求めるものであり、進歩には理性が欠かせない。左派と理性の関係は必然的なものなのだ。
第9章:フォレスト、走って!常識保守主義の台頭
  • 共和党出身の大統領ロナルド・レーガンは作話症*7だった。繰り出すエピソードが嘘だとばれたあとでも素知らぬ顔で嘘をつき続けることができた。CNNのような24時間ニュース専門チャンネルは多様なニュースを報道するのではなく、同じニュースを反復した。そして政治家は人々はメッセージに共鳴さえすれば、真実など気にしないということにも気づいたのだ。この「虚実は無視して共鳴されるメッセージをひたすら反復する戦略」は左派よりも右派の手法として定着している。
  • 「常識」保守主義を支えているのは『フォレスト・ガンプ』に描かれているような反エリート主義である。専門家たちが有益だと結論した複雑な政策は、直感に反しているという点だけで潰されていった。
  • 右派の反合理主義が典型的に顕れているのは刑事司法の分野である。専門家たちは刑期の延長に抑止効果が全くないか、あるいはあっても少ししかないということを合意している。一方で一般の市民は懲罰の効果を大きく見積もりすぎている。本能としての報復衝動はわたし達に報酬感覚をもたらすので、重い刑罰はよい政策だと感じられるのだ。
  • 右派は反エリート主義的な戦略を採用するが、陣営にはいい大学を卒業した合理的エリートがいるのが普通である。もし陣営そのものが反合理主義に染まってしまえば選挙で勝つことはできない*8。反合理主義を見直す動きもあるが、反合理主義はつねに有効な選挙戦略であるため、誘惑にあらがうのはむずかしいだろう。

 

第2部は以上です。1部で明らかになった「理性は環境の足場に支えられている」という理解をもとに、バイアスの穴を突くミームが環境に広がり、理性を機能させづらくしているとヒース先生は考えているようです。

この手の議論が陥りがちな「巨大資本の陰謀が~」のような陰謀論をうまく回避し、(企業にとっても政党にとっても)利益の追求が反合理的なミームを進化させてしまう道筋をうまく描けているのではないでしょうか。とはいえ、消費者の非合理的性と利益が相関しているとすると、放っておけば理性は蝕まれるばかりというなんとも落ち込む話でもありますね。

後半の2部について、わたしは政治にあまり詳しくないので正確な論評はできませんが、左派が進歩を求めるかぎり、今後いっそうの理性の発揮が必要になるだろうとの立場には賛成します。

次回は第3部を要約します。3部はお待ちかねの処方箋の提示ですよ!

 

 

真理と解釈

真理と解釈

 

 「寛容の原則」が説明されているらしい本。未読。ぜったいむずい。

 

 

 

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体 (新潮選書)

 

 反エリート主義についてはこれでしょうか。これを読んだら読んだで「やっぱエリートってちょっとな」となりかねない本でもあったような。しかし、現在の学問エリートはかつてのような単なる衒学者ではなくなっています。ランダム化比較試験、疫学などが発達し、科学が政治に役立つ時代になっているのです。

 

*1:うーん。ここの要約はなんか違うかも。原初を読んでみてください。6章はそもそも何がしたいのかじたい分かりづらいです…

*2:ヒース先生は触れていませんが、市場のアルコール飲料が飲みやすくなるよう成分が調整されることなどもこれに当たるでしょう

*3:さまざまな例が挙げられています。わたしのお気に入りはサラ・ペイリンの「グリズリー・ママ」キャンペーン

*4:男性が合理的であり、女性はそうではない、という古臭い固定観念は間違っているとしています。男女はモジュール≒システム1においては違いがあるものの、第1部で説明されたとおり、理性は副産物かつ、外部の足場に依存しているがゆえに脳の男女差の影響を受けない、とのこと

*5:初期のフェミニストであるメアリ・ウルストンクラフトは啓蒙主義的アプローチを取ったが、メアリ・デイリーなどが反合理主義をとったと説明されています

*6:カリキュラムに基づかない学生の興味に沿った勉強、暗記をしないなどの特徴をもった教育のことです

*7:嘘である自分の話を真実だと思い込む力に長けていたから、とのことです。病気あつかいはちょっとキツい

*8:2012年アメリカ大統領選のミット・ロムニー陣営には反合理主義が広がっていたようだ、との見立てをしているようです