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【要約】『啓蒙思想2.0』序章・第1部 ジョセフ・ヒース著

 

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために

啓蒙思想2.0―政治・経済・生活を正気に戻すために

 

 

 

はじめに

ジョセフ・ヒース先生の著作『啓蒙思想2.0』の内容を3回に分けて要約します。

今回は序章と第1部。本書のあらましと、理性および、それと対置させられる直感の限界と必要性を記述した1~5章です。雑な要約ですがお付き合いくだされば幸いです。

なお、本書は例として引かれるエピソードが的確かつ面白いのですが、それらのほとんどはこの書評では飛ばしていくつもりです。読みたい方はぜひご自分で読んでみてくださいね。

 

序章

  • 世界はいまやリベラル派と保守派ではなく、正気と狂気に分かれている。
  • 「相手に真実だと納得させることをはじめから放棄しているウソ」をウンコ議論(bullshit)と呼ぶ*1ウンコ議論は政治の世界で多用されている。政治家は嘘でもいいとついに気付いてしまったようだ。
  • 保守派は常識を重視しエリートを軽蔑する。そして一部の心理学者は人間は理性など使えないのだと言う(ハイト先生とか)しかし、理性なしには現代社会は運営できない。
  • オキュパイ運動は失敗した。リベラルの求める変革には妥協や集団行動が必要であり、スローガンだけでは達成できなかったからだ。スローガンを超えて思考するにはそれに見合う精神的環境が必要だ。
  • たしかに科学は人間が理性と直感に分かれていることを示した。だが、理性は直感に従うしかないと証明されたというのは言いすぎだ。
  • 本書はいにしえの啓蒙思想1.0をアップデートするものだ。かつての啓蒙主義者は理性を個人的なものだと見なしたが、ほんとうの理性–啓蒙思想2.0は非集権的で分散的なものだ。
  • 2章で論ずるとおり、理性は環境にも支えられているが、消費者はなおさら非理性的になるようデザインされた空間に晒されている。これが人々を非理性的にしている要因だと考えられる。
  • 今後のあらまし
    • 1部:理性の限界と必要性。文明は合理性なしには成り立たなかった
    • 2部:1部で示した合理性の概念を使ってなぜ皆が非合理的になったのか説明
    • 3部:どうやったら正気を取り戻せるか説明

第1部:古い心、新しい心

第1章:冷静な情熱 理性──その本質、起源、目的
  • 合理的思考の特徴は、文章にしたり周りに説明したりできることだ。つまり明示的なこと。直感は他人に説明が難しい。思考するのは時間がかかるので、人間はそれを避けがちである。
  • 理性は明示的な言語表現が必要、文脈に依存しない、ワーキングメモリを使う、仮説の使用を伴う、時間がかかるという特徴を持つ。
  • 脳の2重過程理論。脳にはある機能に特化した部位(顔認識など)があり、モジュールごとに並列処理できる。合理的思考はちがう。直列システムであり1度に1つのことしかできない。2つのシステムは多くの場合ハイブリッドで使われる。
  • モジュールの部分は進化によって作られたと考えるべき証拠がある*2が、理性はやや特殊だ。領域一般的であり、自然には存在しない問題にも答えを出せる。理性は進化の副産物だと考える方が理にかなっている。偶然から生まれたので脳は理性的思考用のデザインはなされていない。非効率的であり、使用すると疲れる。
  • では、理性は何の副産物として生まれたのか?答えはおそらく言語である。言語が基礎であるがゆえに合理的思考は明示的であり、普遍的でもある。ポストモダニストは言語が理性を支えているという事実を相対主義的な帰結をもたらすと考えたが、間違いである。言語自体は普遍的な構造を持っている。
  • かつて啓蒙主義者たちはシステム2≒理性だけですべてを解決できると考え、現代では社会心理学の蓄積がシステム1≒モジュールがすべてだと考えているようだ。しかし、現実はもっと凡庸である。システム2にはシステム2にしかできないことがあるのだ。
第2章:クルージの技法 あり合わせの材料から生まれた脳について
  • 啓蒙思想2.0を打ちたてる前に啓蒙思想1.0が失敗した理由を考えなくてはならない。
  • 理性はクルージ(問題そのものを解決せずに正しく機能させることをさす概念*3)の集積として機能している。たとえば記憶は位置アドレス指定システム(記憶ひとつひとつに住所が与えられ、呼び出せる)になっていれば使いやすいが、進化が作った記憶システムはセックスや暴力の記憶をついでに想起させてきてしまう。そこで小手先の工夫(一つの物語にまとめてしまうとか)に頼る。これはまぁまぁ機能するが、根底にある問題は解決されていない。
  • 人間の脳の特徴は、環境にあるものを利用して拡張をはかることだ。2ケタの掛け算を暗算するのは脳だけではとても難しいが、紙とペンがあればたやすくできる。紙、ネット検索、他の人たちといった外側の環境システムは理性をはたらかせるのに欠かせない。理性の働きは環境に依存しているのだ。
  • 直列処理システムは処理に順番を与え、論理的思考を可能にする。脳は直列処理に適応していないため、注意の割り振りに失敗しやすい。読書に集中したいのにお腹が空き、眠くなる。そこでわたしたちはクルージに頼る。気になる音のや注意の引くもの(セックス)がない環境を作り上げて集中しやすくする。
  • 啓蒙思想1.0は理性が環境に依存していることを理解していなかった。合理主義者たちは理性を過信し、システム1や社会の進化が持つ重要性を無視して失敗を繰り返した。保守主義者は今あるものは理性では理解できないかもしれないが、存続してきた伝統にはなにか利点があると考える。
第3章:文明の基本 保守主義がうまくいく場合
  • 社会契約論を唱えた思想家たちは、社会を無から構想しようとした。合理性をつきつめればユートピアが来ると考えていた。
  • フランス革命を批判したエドモンド・バークはゼロから社会を構築しようとする発想は失敗する運命にあると考えた。わたし達はゼロから作り直せるほど頭が良くないので、今あるものに少しづつ足していったほうがうまくいきやすい。
  • 人々は互いに協力することで共同の利益を得られる。殺人や盗みは自分のことだけを考えれば合理的だが、全員に許されると全員が不幸になるので、禁止することでみんなが小さな利益を得る。だが、これは難しい、人は自己正当化が得意で、報復に関心を持ちすぎる。人間は小規模社会に適応して進化しているため、大規模社会で合理的な行動はとりづらいのだ。協力するためには大規模社会を小集団に分割するなどのクルージが必要になる。国民国家も強力を可能にするクルージといえる。
  • 道徳心も環境を足場にしているようだ。慣習が崩れると人々は混乱状態に陥る。そして(自称)カリスマ的なリーダーに惹かれてしまう。
  • わたし達の理性には限界があり、それをクルージで補っているがそのことは忘れられやすい。理性があれば協力関係が築けるという発想は忘却の最たるものといえる。人間は伝統や制度に依存しているのだ。だから保守主義が有効なときもある。
第4章:直感が間違うとき そして、なぜまだ理性が必要か
  • 直感の弱点は反省できないことだ。与える解決が機能しているのかどうかさえ分からない。理性はいつ直感を使うのか反省するメタ認知をもたらす。だから理性が最上位であるべきである。
  • 直感的な認知は進化したものであり、原理的にいって遺伝子に奉仕するものだ。直感は暴力、セックスに関心を持ち、身内びいきをともなう。理性は外適応(言語の副産物)であるため、この軛からあるていど自由である。わたし達は暴力的衝動を抑え、身内だけをひいきしないことを学ぶ必要がある。直感がもたらす不合理は消し去ることができない。メタ認知をつかってその都度修正するしかないのだ。
  • 直感がうまく機能するのはおおむね自然環境であり、人工的な環境(構築環境)では欠陥が目立つ。不自然な環境がヒューリスティックを失敗させることを「ナトリウム灯問題*4」という
  • 直感は時間差にも弱い。近い将来のことに関心がありすぎ、長期的な損得を計算するのが苦手である。肥満はこの直感の傾向との戦いといえる。寿命が30年の進化環境では問題ではなかったが、近代社会で直感だけに頼るのは危険だ。
第5章:理路整然と考えるのは難しい 新しい啓蒙思想の落とし穴と課題
  • 非合理な信念(治療の奇跡など)のなかには論理思考の欠点につけ込むことで淘汰を免れるものがある。治療の奇跡の場合「それをしていなかったら治っていないのか?」という否定的要素を考えなければ効果は確かめられないのだが、確証バイアスによって検討は難しくなっている。
  • 「バイアス盲点(自分だけは他人と違ってバイアスから自由であるという思い込み)」も大きな問題だ。ヒース先生もある問題にひっかかってはじめて確証バイアスを真剣に考えるようになったとのこと*5
  • 知能が高くてもバイアスからは自由でいられない。確証バイアスにとらわれて陰謀論を唱えるかしこい人がいるのはこれが理由である。反証を考えることは重要だ。アインシュタインが優れた科学者だったのは「どうすれば自分の理論が間違いだと証明できるか」に自覚的だった点なのだ。
  • 他人は理性的に考えるうえで重要なクルージである。内省でバイアスを避けることはできない。権威や人間関係に縛られず自由に論争することは、バイアスを避けるうえで有効な手段だ。他人との議論は合理的思考の一部なのだ。
  • 以下、克服されるべき最重要のバイアス
    • 楽観バイアス:世界はコントロールでき、わたしは有能と思う
    • マイサイド・バイアス:自分の利益がいちばんだいじ
    • フレーミング効果とアンカリング効果:でたらめなアンカーにまどわされる*6
    • 損失回避:放棄される利益より損失の方が痛く思える
    • 信念バイアス:すでに抱いている信念を補強する証拠を重視してしまう
    • 確率:人間は確率をうまく扱えない
    • これらは直感がもたらす間違いであり、理性によってしか克服できないものだ。
  • ところで自然状態とはなにか?ホッブズの言うとおり、自然状態は貧しく、残忍でつらい環境だ。しかし「孤独」という点に関して彼は間違っていた。自然状態は孤独ではなく部族的だ。部族はより大きな社会における協力を妨害する。報復は部族の維持には有効だが、人が増えるたびに頻発する事故に対応できなくなっていく。国家は私的な復讐を担うことでで部族主義を克服するクルージだ。
  • 保守主義の弱点は漸進的改革しかできない点にある。理性的に考え、組織を0から作り直した方がいい局面も世界には存在する。
  • 法の支配、市場経済、官僚制、福祉国家多文化主義はすべて不自然なものであり、理性的な洞察なしにはなしえなかったといえる。フロイトが文明は本能の抑圧のうえに築かれていると言ったのは正しかったのだ。

 

第1部はこれでおしまいです。ちかごろ(2019年の今はもはや一昔前?)は人間にバイアスがあることが多数の実験によって示され、理性など使い物にならないという考えが広がりを見せました。

本書はそれを受け止め、理性はのろく、使うと疲れ、環境の足場がなければ機能しないことを認めながら、それでも理性が必要になる場面はある。という立場に立っています。

次の第2部はなぜ世界が理性的に考えることが遠ざかってしまったのか、その原因究明となります。

 

ウンコな議論 (ちくま学芸文庫)

ウンコな議論 (ちくま学芸文庫)

 

 真実だと思わせるつもりさえなくつかれるウソがあるよ。ということを説明した本。

 必読書ですが、心理学の「再現性の危機」問題で疑念がついてもいる本。いま読んでいる『啓蒙思想2.0』もこの本からかなり影響を受けています。

 

 

 

*1:山形浩生さんがこの素敵な訳を与えました。さすが

*2:ちなみに、ここ(pp.51-55)の進化に関するヒース先生の説明はたいへんに面白いです

*3:この説明はあんまり自信がありません。ヒース先生が引いている例は「ある数値を入力すると決まった手順を経て数字を出力するプログラムを作る。そのプログラムはうまく機能するが、37を入力したときだけバグる。そのときプログラムそのものを直さず、37が入力された時の例外処理を作り、結果的に正しい数値をはじき出すようにする」というもの。74ページ

*4:脳は太陽光のスペクトルの変化を自動的に補正して、モノの色を日夜同じ色に見せているのですが、ナトリウム灯のもとでは補正が効かなくなることからこう呼ぶらしいです

*5:よほど悔しかったのでしょうか。数ページにわたって記述があります

*6:註で挙げられている本は『ファスト&スロー』。この本は再現性に疑問がも持たれている本でもありますhttps://twitter.com/ykamit/status/1003506938372648960